ダラーナ そして ディヤーナ
私は今まで、きっと、何十年も、ダラーナとしての動きをしていたのだと思う。
内に、内面に、深く深く‥ 集中。。。
まるで、底の見えない井戸のように。
この考えに至った経過は、以下のようだ。
レイキのセカンドで、第3のシンボルのアチューンメントを受けた時、
白い衣を着た女性性の神のようなものを観た。
上半身は見えなかったけれど。
先生は、ハイヤーセフルさんでしょうと仰った。
その後、朝に、シンボルとマントラを3回唱えながら、
ストレッチをしていたのだ。
固くなった身体の部分にレイキをしながら‥
すると、私の口はいつの間にか『サラスバティー』と3回唱えていた。
西洋的なものしか知らなかった私は、何の事かサッパリ解らず、
とりあえず、パソコンでググッた。
で‥ 何と‥ 古代インド? ヒンズー? の、水の女神!!!
日本では、弁才天とも弁財天とも呼ばれる、いわゆる、弁天様だ。
それから、私のアジア的思想の旅が始まった。
一時は、本当に天河神社まで行こうかとさえ思った。
宮崎にもそんな神社があるらしいし、そちらでもいいとさえ思った。
でも‥
ある日、筑後川を渡っていたら‥
光る川面に、またサラスバティーが現れた。
やはり、上半身は見えないのだけれど、
横向きのサラスバティーが裾を優雅に翻して、フフッと微笑むような波動が‥
そして声がした。
『遠くに求めずとも‥ ここに 居るのに‥』と。
それは、耳で聞くような言葉ではなく、
大いなる何かの力が、私の脳を勝手に使って、
直接に私の胸に響くような、音の無い声。
音が無いのに、しっかりと『聴こえた』という感覚。
『ここ』とは、まさしく、私の心の中だ。
不思議だった。
絵画や仏像として表されるサラスバティーは、確かに、白い衣。
そして、ファーストを受けていた時に観た水の流れ。薄紫の蓮の花。
それから、いろいろと調べて、内藤景代さんの『ヤントラ』の本に出会った。
それを、友人に見せると‥
何と、内藤さんの別の著書『ヨガと冥想』を持っていて‥
私はそれから内藤先生の著書を読み漁った。
ん〜 『漁る』という言葉は当てはまらないのだけれど、
真剣に、没頭して‥
そうだ、言うなれば『内藤景代さん三昧』だ。
そして‥
『冥想』という本を読んでいて、いろいろと振り返って想った事だ。
サラスバティーという名前が降りてきたときに、わたしがしていたストレッチは、
図らずも‥ ヨガで言うところの『マハームドラ』だった。
そして、筑後川で起きたことは、まさしく‥ 梵我一如。
いままで、西洋的な概念として、知識として知っていた、
マクロコスモスとミクロコスモスとの融合。
その日、筑後川を渡ったのは‥ ある神社の『おくんち』を見に行ったのだ。
ふりゅう(カッパ)が、サラスバティーを呼んでくれたのだろうか‥
内藤さんの本では、主にヨガを通して行き着く方法だけれど、
私はレイキを通して歩んでいるのだと、確信した。
ダラーナは、内向きで『集中』だ。内観だ。
そして、ディヤーナは、外に向かう。
『ディヤーナは、長くどこまでも伸びて、
海に注いでいく大河のようなものです。 p158』
この大河へと案内してくれたのは、まさしく、サラスバティー。
レイキと出会うことで、ここにまで導かれて、
長い長い『ダラーナの刻』から、
やっと私に『ディヤーナの刻』が始まったのだ。
ということで、このブログのタイトルを、
『レイキ & タロット』から『レイキ & 冥想』に変えた。
タロットは、あくまでも、そんな世界からの導きの一部を、
体現として現してくれるものだからだ。
来月の下旬は、いよいよサードだ。
レイキを通じて、ものすごく変化している私。
こんなエネルギー、波動が、愛の力をさらに強めてくれるように‥
日々‥ 精進。 p(‥)q
内に、内面に、深く深く‥ 集中。。。
まるで、底の見えない井戸のように。
この考えに至った経過は、以下のようだ。
レイキのセカンドで、第3のシンボルのアチューンメントを受けた時、
白い衣を着た女性性の神のようなものを観た。
上半身は見えなかったけれど。
先生は、ハイヤーセフルさんでしょうと仰った。
その後、朝に、シンボルとマントラを3回唱えながら、
ストレッチをしていたのだ。
固くなった身体の部分にレイキをしながら‥
すると、私の口はいつの間にか『サラスバティー』と3回唱えていた。
西洋的なものしか知らなかった私は、何の事かサッパリ解らず、
とりあえず、パソコンでググッた。
で‥ 何と‥ 古代インド? ヒンズー? の、水の女神!!!
日本では、弁才天とも弁財天とも呼ばれる、いわゆる、弁天様だ。
それから、私のアジア的思想の旅が始まった。
一時は、本当に天河神社まで行こうかとさえ思った。
宮崎にもそんな神社があるらしいし、そちらでもいいとさえ思った。
でも‥
ある日、筑後川を渡っていたら‥
光る川面に、またサラスバティーが現れた。
やはり、上半身は見えないのだけれど、
横向きのサラスバティーが裾を優雅に翻して、フフッと微笑むような波動が‥
そして声がした。
『遠くに求めずとも‥ ここに 居るのに‥』と。
それは、耳で聞くような言葉ではなく、
大いなる何かの力が、私の脳を勝手に使って、
直接に私の胸に響くような、音の無い声。
音が無いのに、しっかりと『聴こえた』という感覚。
『ここ』とは、まさしく、私の心の中だ。
不思議だった。
絵画や仏像として表されるサラスバティーは、確かに、白い衣。
そして、ファーストを受けていた時に観た水の流れ。薄紫の蓮の花。
それから、いろいろと調べて、内藤景代さんの『ヤントラ』の本に出会った。
それを、友人に見せると‥
何と、内藤さんの別の著書『ヨガと冥想』を持っていて‥
私はそれから内藤先生の著書を読み漁った。
ん〜 『漁る』という言葉は当てはまらないのだけれど、
真剣に、没頭して‥
そうだ、言うなれば『内藤景代さん三昧』だ。
そして‥
『冥想』という本を読んでいて、いろいろと振り返って想った事だ。
サラスバティーという名前が降りてきたときに、わたしがしていたストレッチは、
図らずも‥ ヨガで言うところの『マハームドラ』だった。
そして、筑後川で起きたことは、まさしく‥ 梵我一如。
いままで、西洋的な概念として、知識として知っていた、
マクロコスモスとミクロコスモスとの融合。
その日、筑後川を渡ったのは‥ ある神社の『おくんち』を見に行ったのだ。
ふりゅう(カッパ)が、サラスバティーを呼んでくれたのだろうか‥
内藤さんの本では、主にヨガを通して行き着く方法だけれど、
私はレイキを通して歩んでいるのだと、確信した。
ダラーナは、内向きで『集中』だ。内観だ。
そして、ディヤーナは、外に向かう。
『ディヤーナは、長くどこまでも伸びて、
海に注いでいく大河のようなものです。 p158』
この大河へと案内してくれたのは、まさしく、サラスバティー。
レイキと出会うことで、ここにまで導かれて、
長い長い『ダラーナの刻』から、
やっと私に『ディヤーナの刻』が始まったのだ。
ということで、このブログのタイトルを、
『レイキ & タロット』から『レイキ & 冥想』に変えた。
タロットは、あくまでも、そんな世界からの導きの一部を、
体現として現してくれるものだからだ。
来月の下旬は、いよいよサードだ。
レイキを通じて、ものすごく変化している私。
こんなエネルギー、波動が、愛の力をさらに強めてくれるように‥
日々‥ 精進。 p(‥)q
コメント
はじめまして。
ブログランキングをながめていましたら
「瞑想」という言葉がブログタイトルにあったのでよらせて頂きました。
弁財天、すごいですね!
私も筑後なので筑後川とか、おくんち、浮立はなじみのある言葉です!
突然に書き込み、失礼いたしました。
ブログランキングをながめていましたら
「瞑想」という言葉がブログタイトルにあったのでよらせて頂きました。
弁財天、すごいですね!
私も筑後なので筑後川とか、おくんち、浮立はなじみのある言葉です!
突然に書き込み、失礼いたしました。
はじめまして♪
ゆきさんも筑後川に縁のある方なんですネ "^_^"
5月には水天宮さんの船に乗ってきました。
福岡県の大動脈ですよネ〜
耳納連山と広大な田畑と、そして大河。まろやかな水。
神々の息吹に護られているのだと実感しています。
コメント、ありがとうございました。
また遊びにいらしてくださいネ♪ m(_ _)m
ゆきさんも筑後川に縁のある方なんですネ "^_^"
5月には水天宮さんの船に乗ってきました。
福岡県の大動脈ですよネ〜
耳納連山と広大な田畑と、そして大河。まろやかな水。
神々の息吹に護られているのだと実感しています。
コメント、ありがとうございました。
また遊びにいらしてくださいネ♪ m(_ _)m
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