『自立』〜そして自ら歩む、ということ。
このところ、次々にやってくる『人間関係』の修行。
昨日は公開するものとして薄めることができずに、
ただただ、個人的な記録として日記を書いたわけだけれど、
そのことについて、タロットを引いてみた。
出たのは、アテュの14、ソードの2、アテュの5だ。

二枚目に、このところ引き続けているソードの2。
え‥ また‥??
そんなふうにまず思って、そして1枚目のカードを見ていたら、
つい最近に知ったばかりの『二河白道(にがびゃくどう)』の概念が、
私の中に一瞬にすーっと、ぴったりと重なった。
・二河白道
火の河は、怒り、憎しみ。 水の河は、欲、こだわり、貪り。
そして、白く細い細い道は、求道心。
このカードの虹の部分に書かれているのは、
すなわち、自己の内部の探求を、意思の導きによって正しく歩めば、
求めるものが得られる、という事だ。
それは‥ ワンネス。
意思の導きは、ハイヤーセルフ。すなわち、高次の私自身。
そして、この白い求道の道を、
あるいは、カードが示す錬金術の過程、道程を、
そして、自己の内部の探求をクローズアップしたものが、
ソードの2だ。
連続して私に出続けているこのカード。
命題は『愛によって抑制された知性』だ。
きっとこの二本の剣は、火の河と水の河。
火や水を別々のものとしてそれぞれ怖がっていても、
あるいは、依存しても、
微妙なバランスでやっと見出すことのできる『平和』の道を探ることはできないのだろう。
統合する、あるいは、いっきに乗り越え超越するくらいの覚悟がいるのだ。
火を見ては水に逃げ、水に濡れては火に逃げ‥
そんなことをしていては、道は歩めない。
そして‥
これらの『二河』は、紛れもない、自分自身が創り出しているのだ。
そうしてようやく辿り着けるのは、カードの5『秘儀の祭司』
秘儀とは‥ ワンネス。
ミクロコスモス(人間)とマクロコスモス(宇宙)の合一。
神聖なる智慧。
緋色の女が示す、セクシャルな部分や身体をも含めての『合一』
こんなふうに書けば、いかにもスビリチュアルーって感じだけれど、
人間関係において、真の意味での自立、
そしてさらに『自分で歩む』ということへの脱皮は、
怒りや諦め、または依存や怠惰、まっいいか、という気持ちを、
自分の中でどう位置づけるか、ということで、学びとしての質が変わる。
どちらかに白黒付けて決めないと不安な私。
二者択一で単純化してしまう私。
あるときは「だって、熱いんだもん」
そしてあるときは「だって、ビショビショなんだもん」と、
火の河と水の河との間を行ったり来たりしていては、
道は開かれないのだ。
逃げたりする道は、もうない。
そんなことから脱出して、ブラックホールを閉じた今、
もう、後には戻れない。
火と水の融合するわずかな一点を見つけてはつなぎ、
点と点を線にしながら、進むしかないのだ。
他からの叱咤激励が厳しすぎるからと、すぐにめげたり座り込む自分を封印。
だからといって、他からの『力』を容易に取り込める自信もまだない私は、
その言わんとするところを自分の中に取り込んで、
自分で自分を叱咤激励しなければ。
他からの『力』ではなく、自らの『力』で。
自らを甘やかさない、という意志で。
3枚のカードが3枚とも、私に『学べ』と言っている。
p(‥)qガンバ!!だ
昨日は公開するものとして薄めることができずに、
ただただ、個人的な記録として日記を書いたわけだけれど、
そのことについて、タロットを引いてみた。
出たのは、アテュの14、ソードの2、アテュの5だ。

二枚目に、このところ引き続けているソードの2。
え‥ また‥??
そんなふうにまず思って、そして1枚目のカードを見ていたら、
つい最近に知ったばかりの『二河白道(にがびゃくどう)』の概念が、
私の中に一瞬にすーっと、ぴったりと重なった。
・二河白道火の河は、怒り、憎しみ。 水の河は、欲、こだわり、貪り。
そして、白く細い細い道は、求道心。
このカードの虹の部分に書かれているのは、
地球の内部を訪れよ。地球の中で結晶化されたものを見出すという錬金術の言葉は、
その意志の導きによって、汝は隠された石を見出すであろう。
すなわち、自己の内部の探求を、意思の導きによって正しく歩めば、
求めるものが得られる、という事だ。
それは‥ ワンネス。
意思の導きは、ハイヤーセルフ。すなわち、高次の私自身。
そして、この白い求道の道を、
あるいは、カードが示す錬金術の過程、道程を、
そして、自己の内部の探求をクローズアップしたものが、
ソードの2だ。
連続して私に出続けているこのカード。
命題は『愛によって抑制された知性』だ。
きっとこの二本の剣は、火の河と水の河。
火や水を別々のものとしてそれぞれ怖がっていても、
あるいは、依存しても、
微妙なバランスでやっと見出すことのできる『平和』の道を探ることはできないのだろう。
統合する、あるいは、いっきに乗り越え超越するくらいの覚悟がいるのだ。
火を見ては水に逃げ、水に濡れては火に逃げ‥
そんなことをしていては、道は歩めない。
そして‥
これらの『二河』は、紛れもない、自分自身が創り出しているのだ。
そうしてようやく辿り着けるのは、カードの5『秘儀の祭司』
秘儀とは‥ ワンネス。
ミクロコスモス(人間)とマクロコスモス(宇宙)の合一。
神聖なる智慧。
緋色の女が示す、セクシャルな部分や身体をも含めての『合一』
こんなふうに書けば、いかにもスビリチュアルーって感じだけれど、
人間関係において、真の意味での自立、
そしてさらに『自分で歩む』ということへの脱皮は、
怒りや諦め、または依存や怠惰、まっいいか、という気持ちを、
自分の中でどう位置づけるか、ということで、学びとしての質が変わる。
どちらかに白黒付けて決めないと不安な私。
二者択一で単純化してしまう私。
あるときは「だって、熱いんだもん」
そしてあるときは「だって、ビショビショなんだもん」と、
火の河と水の河との間を行ったり来たりしていては、
道は開かれないのだ。
逃げたりする道は、もうない。
そんなことから脱出して、ブラックホールを閉じた今、
もう、後には戻れない。
火と水の融合するわずかな一点を見つけてはつなぎ、
点と点を線にしながら、進むしかないのだ。
他からの叱咤激励が厳しすぎるからと、すぐにめげたり座り込む自分を封印。
だからといって、他からの『力』を容易に取り込める自信もまだない私は、
その言わんとするところを自分の中に取り込んで、
自分で自分を叱咤激励しなければ。
他からの『力』ではなく、自らの『力』で。
自らを甘やかさない、という意志で。
3枚のカードが3枚とも、私に『学べ』と言っている。
p(‥)qガンバ!!だ
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