水‥ サラスバティー

レイキと冥想によって、直観力が鋭くなっている。
もう一度、本格的にタロットを勉強、というより修行? しようと思う。
きっと、未来の自分にとって、有益になるのではないか‥?

で‥
修練の心構えの方向性として、今の流れでいいのかどうか、
タロットに聞いてみた。

カップのクイーンは『水』の中の『水』
上半身が隠されていて、黄金比の螺旋を持つオーム貝のカップを持つのは、
きっと‥
私のハイヤーセルフの一人であるサラスバティーを現していると思う。
 ・過去ログ:ダラーナ そして ディヤーナ
そして2枚目の山羊の第三の目。
水の女神にいざなわれて、第三の目が開かれたのだ。
火のような男性的な創造のエネルギー。
『目的に手加減を加えることなく、それでいて結果ばかりを追い求める欲からは解放された純粋な意思というものは、あらゆる点で完璧なものだ
 ― 法の書 より ―』
エネルギーそれ自体の善悪ではなく、どの方向に向かうか‥
で、ディスクの10は、物質的な成功。
きっと、精神的なものだけで満足するのでは、今までの『ダラーナ』と同じ‥?
プロを目指すということで、金銭的なものを『責任』と受け止めて、
ボランティア的なもので自分を甘やかすな、ということだろうか‥
もちろん、『金になる仕事』という意味では全くない。
で‥
不思議なのが、ディスクの10の一枚一枚に描かれている『水』のサイン。
しっかりと、カップのクイーンと連動している。
全ては‥ サラスバティーのお導き、そして見護りなのだろうか‥

以上のようなことを感じた。
よし。。。
p(‥)qガンバ!!だ。

タロット | 2007-11-23(Fri) 03:34:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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ダラーナのビジョン

冥想をしていて、突然に『ダラーナ』のビジョンが感覚を伴って胸に落ちた。

『私は、この世に生まれてから今年の9月まで、巨大なブラックホールだった。』

よい事も、愛も、
全て‥ ブラックホールのように自分の中に収束させてしまっていた。
ダラーナだったという理解が、完全に私の血肉になった。
そして、少しずつの『ディヤーナ』が始まったのだ。
 ・過去ログ:ダラーナ そして ディヤーナ

瞑想 | 2007-11-22(Thu) 23:48:59 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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今後の方向性として‥

内藤さんの本を理解(りげ)として、レイキを行解(ぎょうげ)として、
呼吸法を実践しながらチャクラを意識すると、
呼吸と共に、チャクラが刺激されるのが解るようになった。
まるで‥
オーディオの音に連動してインジケーターが光るように‥

で、レイキや直観力などを精進しながらの、今後の私ということで、
タロットを引いてみた。

苦労の後の開花。創造性。
そして、慎重に物事にじっくりと取り組む事。
良い暗示だ。

自分を信じて‥ p(‥)qガンバ!!だ。

Spiritual Diary | 2007-11-22(Thu) 00:40:37 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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ダラーナ そして ディヤーナ

私は今まで、きっと、何十年も、ダラーナとしての動きをしていたのだと思う。
内に、内面に、深く深く‥ 集中。。。
まるで、底の見えない井戸のように。
この考えに至った経過は、以下のようだ。

レイキのセカンドで、第3のシンボルのアチューンメントを受けた時、
白い衣を着た女性性の神のようなものを観た。
上半身は見えなかったけれど。
先生は、ハイヤーセフルさんでしょうと仰った。

その後、朝に、シンボルとマントラを3回唱えながら、
ストレッチをしていたのだ。
固くなった身体の部分にレイキをしながら‥
すると、私の口はいつの間にか『サラスバティー』と3回唱えていた。
西洋的なものしか知らなかった私は、何の事かサッパリ解らず、
とりあえず、パソコンでググッた。
で‥ 何と‥ 古代インド? ヒンズー? の、水の女神!!!
日本では、弁才天とも弁財天とも呼ばれる、いわゆる、弁天様だ。
それから、私のアジア的思想の旅が始まった。
一時は、本当に天河神社まで行こうかとさえ思った。
宮崎にもそんな神社があるらしいし、そちらでもいいとさえ思った。
でも‥
ある日、筑後川を渡っていたら‥
光る川面に、またサラスバティーが現れた。
やはり、上半身は見えないのだけれど、
横向きのサラスバティーが裾を優雅に翻して、フフッと微笑むような波動が‥
そして声がした。
『遠くに求めずとも‥ ここに 居るのに‥』と。
それは、耳で聞くような言葉ではなく、
大いなる何かの力が、私の脳を勝手に使って、
直接に私の胸に響くような、音の無い声。
音が無いのに、しっかりと『聴こえた』という感覚。
『ここ』とは、まさしく、私の心の中だ。
不思議だった。

絵画や仏像として表されるサラスバティーは、確かに、白い衣。
そして、ファーストを受けていた時に観た水の流れ。薄紫の蓮の花。
それから、いろいろと調べて、内藤景代さんの『ヤントラ』の本に出会った。
それを、友人に見せると‥
何と、内藤さんの別の著書『ヨガと冥想』を持っていて‥
私はそれから内藤先生の著書を読み漁った。
ん〜 『漁る』という言葉は当てはまらないのだけれど、
真剣に、没頭して‥
そうだ、言うなれば『内藤景代さん三昧』だ。
そして‥
『冥想』という本を読んでいて、いろいろと振り返って想った事だ。

サラスバティーという名前が降りてきたときに、わたしがしていたストレッチは、
図らずも‥ ヨガで言うところの『マハームドラ』だった。
そして、筑後川で起きたことは、まさしく‥ 梵我一如。
いままで、西洋的な概念として、知識として知っていた、
マクロコスモスとミクロコスモスとの融合。
その日、筑後川を渡ったのは‥ ある神社の『おくんち』を見に行ったのだ。
ふりゅう(カッパ)が、サラスバティーを呼んでくれたのだろうか‥

内藤さんの本では、主にヨガを通して行き着く方法だけれど、
私はレイキを通して歩んでいるのだと、確信した。
ダラーナは、内向きで『集中』だ。内観だ。
そして、ディヤーナは、外に向かう。

  『ディヤーナは、長くどこまでも伸びて、
      海に注いでいく大河のようなものです。 p158』

この大河へと案内してくれたのは、まさしく、サラスバティー。
レイキと出会うことで、ここにまで導かれて、
長い長い『ダラーナの刻』から、
やっと私に『ディヤーナの刻』が始まったのだ。

ということで、このブログのタイトルを、
『レイキ & タロット』から『レイキ & 冥想』に変えた。
タロットは、あくまでも、そんな世界からの導きの一部を、
体現として現してくれるものだからだ。

来月の下旬は、いよいよサードだ。
レイキを通じて、ものすごく変化している私。
こんなエネルギー、波動が、愛の力をさらに強めてくれるように‥
日々‥ 精進。 p(‥)q

瞑想 | 2007-11-18(Sun) 17:40:22 | Trackback:(0) | Comments:(2)
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