『魔術師』とか『手品師・香具師』とか‥
ブログって、“想い”とか“伝えたい事”を『言葉』にする場所。
で、私もここに、いろいろと書き綴る訳だけれど。
で、思う。
ブログに限らず、手紙や電話や、本やメディアも、
結局は‥ 言葉。
そして、言葉って、人間が考えたものだ。
だから、日常を伝えたり、気持ちの疎通を図ったりするのには便利のよいもの。
でも‥
こと、スピリチュアルなことや、精神世界に起こる『言葉にならないモノ』を、
それでも人に伝えたければ、やはり『言葉』にするしかない。
ここで‥ 人間だからこそ悲しいかな‥ 『誤解』が含まれる。
『言葉』には、人それぞれのイメージがあるからこそ、真意が伝わらなかったりする。
『悪気』ではない『誤解』
そして、さらに、『悪気』の混じる『まやかし』であることも。
『本物』と『偽物』を見分けるのは‥ 自分自身。
『言葉にならないモノ』って、やはり『言葉』では伝わらないという『覚悟』が必要で、
その上で、よくよく『言葉』を選ぶ『修行』が要る。
レイキ・ヒーリングの時に、何だか急に、そんなことが浮かんできたのだ。
レイキのときの“光の管”状態の気持ちよさを、何と表現したらいいのか‥などと思いつつ、遠隔をしていたからだ。
で、タロットで『ワン・オラクル』として引こうとポーチから出すと、
パラリと一枚が落ちて、拾ってみたら‥
アテュの『魔術師』だったのだ!!!
もう、ビックリ。(@_@;)

ロゴスの受け手であり、メッセンジャーとしてのペンとパピルス。
そして、『魔術師』には異称として『手品師』とか『香具師』などという、
実に不名誉な名称も付いて回る。
神の言葉『ロゴス』を人間の言葉に訳すときに、不純なものが混じりやすい。
そんなことも表わすカード。
で、浮かんだ言葉は『物語』というキーワード。
臨床心理学の河合隼雄先生が何度と無く仰る言葉。
心の変遷の真実が込められた『物語』とか『昔話』とか『神話』だ。
一見すれば『悪い事』なのに、それがきっかけで真実に目覚めるのは、
『カエルの王子さま』のお話。いわゆる『トリックスター』だ。
王子様が魔法でカエルに、というのは、現実には『嘘』で『作り話』だ。
でも、そこに込められた『心の中の真実』としての物語。
嘘なのに真実。
本当っぽいのに、まやかし。
そんな、清濁合わせた『この世』の中を、私はどう泳ぐか‥。
そんなことを考えさせられた。
なんだか、タイムリー過ぎて‥
『オラクル』としてのカードは、結局、引かなかった。(^^;;;
レイキと私とタロットと瞑想が、嬉しくもシンクロしたのだから。
『言葉』にすれば、本物も偽物も、綴りは一緒。
だからこそ‥ あまり『言葉』に頼らずに‥
でも、真実を物語る『言葉』には敬意を以って‥
日々‥精進。だ。 p(‥)qガンバ!!
で、私もここに、いろいろと書き綴る訳だけれど。
で、思う。
ブログに限らず、手紙や電話や、本やメディアも、
結局は‥ 言葉。
そして、言葉って、人間が考えたものだ。
だから、日常を伝えたり、気持ちの疎通を図ったりするのには便利のよいもの。
でも‥
こと、スピリチュアルなことや、精神世界に起こる『言葉にならないモノ』を、
それでも人に伝えたければ、やはり『言葉』にするしかない。
ここで‥ 人間だからこそ悲しいかな‥ 『誤解』が含まれる。
『言葉』には、人それぞれのイメージがあるからこそ、真意が伝わらなかったりする。
『悪気』ではない『誤解』
そして、さらに、『悪気』の混じる『まやかし』であることも。
『本物』と『偽物』を見分けるのは‥ 自分自身。
『言葉にならないモノ』って、やはり『言葉』では伝わらないという『覚悟』が必要で、
その上で、よくよく『言葉』を選ぶ『修行』が要る。
レイキ・ヒーリングの時に、何だか急に、そんなことが浮かんできたのだ。
レイキのときの“光の管”状態の気持ちよさを、何と表現したらいいのか‥などと思いつつ、遠隔をしていたからだ。
で、タロットで『ワン・オラクル』として引こうとポーチから出すと、
パラリと一枚が落ちて、拾ってみたら‥
アテュの『魔術師』だったのだ!!!
もう、ビックリ。(@_@;)

ロゴスの受け手であり、メッセンジャーとしてのペンとパピルス。
そして、『魔術師』には異称として『手品師』とか『香具師』などという、
実に不名誉な名称も付いて回る。
神の言葉『ロゴス』を人間の言葉に訳すときに、不純なものが混じりやすい。
そんなことも表わすカード。
で、浮かんだ言葉は『物語』というキーワード。
臨床心理学の河合隼雄先生が何度と無く仰る言葉。
心の変遷の真実が込められた『物語』とか『昔話』とか『神話』だ。
一見すれば『悪い事』なのに、それがきっかけで真実に目覚めるのは、
『カエルの王子さま』のお話。いわゆる『トリックスター』だ。
王子様が魔法でカエルに、というのは、現実には『嘘』で『作り話』だ。
でも、そこに込められた『心の中の真実』としての物語。
嘘なのに真実。
本当っぽいのに、まやかし。
そんな、清濁合わせた『この世』の中を、私はどう泳ぐか‥。
そんなことを考えさせられた。
なんだか、タイムリー過ぎて‥
『オラクル』としてのカードは、結局、引かなかった。(^^;;;
レイキと私とタロットと瞑想が、嬉しくもシンクロしたのだから。
『言葉』にすれば、本物も偽物も、綴りは一緒。
だからこそ‥ あまり『言葉』に頼らずに‥
でも、真実を物語る『言葉』には敬意を以って‥
日々‥精進。だ。 p(‥)qガンバ!!
ダラーナのビジョン
冥想をしていて、突然に『ダラーナ』のビジョンが感覚を伴って胸に落ちた。
『私は、この世に生まれてから今年の9月まで、巨大なブラックホールだった。』
よい事も、愛も、
全て‥ ブラックホールのように自分の中に収束させてしまっていた。
ダラーナだったという理解が、完全に私の血肉になった。
そして、少しずつの『ディヤーナ』が始まったのだ。
・過去ログ:ダラーナ そして ディヤーナ
『私は、この世に生まれてから今年の9月まで、巨大なブラックホールだった。』
よい事も、愛も、
全て‥ ブラックホールのように自分の中に収束させてしまっていた。
ダラーナだったという理解が、完全に私の血肉になった。
そして、少しずつの『ディヤーナ』が始まったのだ。
・過去ログ:ダラーナ そして ディヤーナ
ダラーナ そして ディヤーナ
私は今まで、きっと、何十年も、ダラーナとしての動きをしていたのだと思う。
内に、内面に、深く深く‥ 集中。。。
まるで、底の見えない井戸のように。
この考えに至った経過は、以下のようだ。
レイキのセカンドで、第3のシンボルのアチューンメントを受けた時、
白い衣を着た女性性の神のようなものを観た。
上半身は見えなかったけれど。
先生は、ハイヤーセフルさんでしょうと仰った。
その後、朝に、シンボルとマントラを3回唱えながら、
ストレッチをしていたのだ。
固くなった身体の部分にレイキをしながら‥
すると、私の口はいつの間にか『サラスバティー』と3回唱えていた。
西洋的なものしか知らなかった私は、何の事かサッパリ解らず、
とりあえず、パソコンでググッた。
で‥ 何と‥ 古代インド? ヒンズー? の、水の女神!!!
日本では、弁才天とも弁財天とも呼ばれる、いわゆる、弁天様だ。
それから、私のアジア的思想の旅が始まった。
一時は、本当に天河神社まで行こうかとさえ思った。
宮崎にもそんな神社があるらしいし、そちらでもいいとさえ思った。
でも‥
ある日、筑後川を渡っていたら‥
光る川面に、またサラスバティーが現れた。
やはり、上半身は見えないのだけれど、
横向きのサラスバティーが裾を優雅に翻して、フフッと微笑むような波動が‥
そして声がした。
『遠くに求めずとも‥ ここに 居るのに‥』と。
それは、耳で聞くような言葉ではなく、
大いなる何かの力が、私の脳を勝手に使って、
直接に私の胸に響くような、音の無い声。
音が無いのに、しっかりと『聴こえた』という感覚。
『ここ』とは、まさしく、私の心の中だ。
不思議だった。
絵画や仏像として表されるサラスバティーは、確かに、白い衣。
そして、ファーストを受けていた時に観た水の流れ。薄紫の蓮の花。
それから、いろいろと調べて、内藤景代さんの『ヤントラ』の本に出会った。
それを、友人に見せると‥
何と、内藤さんの別の著書『ヨガと冥想』を持っていて‥
私はそれから内藤先生の著書を読み漁った。
ん〜 『漁る』という言葉は当てはまらないのだけれど、
真剣に、没頭して‥
そうだ、言うなれば『内藤景代さん三昧』だ。
そして‥
『冥想』という本を読んでいて、いろいろと振り返って想った事だ。
サラスバティーという名前が降りてきたときに、わたしがしていたストレッチは、
図らずも‥ ヨガで言うところの『マハームドラ』だった。
そして、筑後川で起きたことは、まさしく‥ 梵我一如。
いままで、西洋的な概念として、知識として知っていた、
マクロコスモスとミクロコスモスとの融合。
その日、筑後川を渡ったのは‥ ある神社の『おくんち』を見に行ったのだ。
ふりゅう(カッパ)が、サラスバティーを呼んでくれたのだろうか‥
内藤さんの本では、主にヨガを通して行き着く方法だけれど、
私はレイキを通して歩んでいるのだと、確信した。
ダラーナは、内向きで『集中』だ。内観だ。
そして、ディヤーナは、外に向かう。
『ディヤーナは、長くどこまでも伸びて、
海に注いでいく大河のようなものです。 p158』
この大河へと案内してくれたのは、まさしく、サラスバティー。
レイキと出会うことで、ここにまで導かれて、
長い長い『ダラーナの刻』から、
やっと私に『ディヤーナの刻』が始まったのだ。
ということで、このブログのタイトルを、
『レイキ & タロット』から『レイキ & 冥想』に変えた。
タロットは、あくまでも、そんな世界からの導きの一部を、
体現として現してくれるものだからだ。
来月の下旬は、いよいよサードだ。
レイキを通じて、ものすごく変化している私。
こんなエネルギー、波動が、愛の力をさらに強めてくれるように‥
日々‥ 精進。 p(‥)q
内に、内面に、深く深く‥ 集中。。。
まるで、底の見えない井戸のように。
この考えに至った経過は、以下のようだ。
レイキのセカンドで、第3のシンボルのアチューンメントを受けた時、
白い衣を着た女性性の神のようなものを観た。
上半身は見えなかったけれど。
先生は、ハイヤーセフルさんでしょうと仰った。
その後、朝に、シンボルとマントラを3回唱えながら、
ストレッチをしていたのだ。
固くなった身体の部分にレイキをしながら‥
すると、私の口はいつの間にか『サラスバティー』と3回唱えていた。
西洋的なものしか知らなかった私は、何の事かサッパリ解らず、
とりあえず、パソコンでググッた。
で‥ 何と‥ 古代インド? ヒンズー? の、水の女神!!!
日本では、弁才天とも弁財天とも呼ばれる、いわゆる、弁天様だ。
それから、私のアジア的思想の旅が始まった。
一時は、本当に天河神社まで行こうかとさえ思った。
宮崎にもそんな神社があるらしいし、そちらでもいいとさえ思った。
でも‥
ある日、筑後川を渡っていたら‥
光る川面に、またサラスバティーが現れた。
やはり、上半身は見えないのだけれど、
横向きのサラスバティーが裾を優雅に翻して、フフッと微笑むような波動が‥
そして声がした。
『遠くに求めずとも‥ ここに 居るのに‥』と。
それは、耳で聞くような言葉ではなく、
大いなる何かの力が、私の脳を勝手に使って、
直接に私の胸に響くような、音の無い声。
音が無いのに、しっかりと『聴こえた』という感覚。
『ここ』とは、まさしく、私の心の中だ。
不思議だった。
絵画や仏像として表されるサラスバティーは、確かに、白い衣。
そして、ファーストを受けていた時に観た水の流れ。薄紫の蓮の花。
それから、いろいろと調べて、内藤景代さんの『ヤントラ』の本に出会った。
それを、友人に見せると‥
何と、内藤さんの別の著書『ヨガと冥想』を持っていて‥
私はそれから内藤先生の著書を読み漁った。
ん〜 『漁る』という言葉は当てはまらないのだけれど、
真剣に、没頭して‥
そうだ、言うなれば『内藤景代さん三昧』だ。
そして‥
『冥想』という本を読んでいて、いろいろと振り返って想った事だ。
サラスバティーという名前が降りてきたときに、わたしがしていたストレッチは、
図らずも‥ ヨガで言うところの『マハームドラ』だった。
そして、筑後川で起きたことは、まさしく‥ 梵我一如。
いままで、西洋的な概念として、知識として知っていた、
マクロコスモスとミクロコスモスとの融合。
その日、筑後川を渡ったのは‥ ある神社の『おくんち』を見に行ったのだ。
ふりゅう(カッパ)が、サラスバティーを呼んでくれたのだろうか‥
内藤さんの本では、主にヨガを通して行き着く方法だけれど、
私はレイキを通して歩んでいるのだと、確信した。
ダラーナは、内向きで『集中』だ。内観だ。
そして、ディヤーナは、外に向かう。
『ディヤーナは、長くどこまでも伸びて、
海に注いでいく大河のようなものです。 p158』
この大河へと案内してくれたのは、まさしく、サラスバティー。
レイキと出会うことで、ここにまで導かれて、
長い長い『ダラーナの刻』から、
やっと私に『ディヤーナの刻』が始まったのだ。
ということで、このブログのタイトルを、
『レイキ & タロット』から『レイキ & 冥想』に変えた。
タロットは、あくまでも、そんな世界からの導きの一部を、
体現として現してくれるものだからだ。
来月の下旬は、いよいよサードだ。
レイキを通じて、ものすごく変化している私。
こんなエネルギー、波動が、愛の力をさらに強めてくれるように‥
日々‥ 精進。 p(‥)q










